BONDは2022年発足当初はホームレス支援と自殺防止支援の2団体の支援で始まりました。

発足から1年くらい経った時にタムケン先生という弁護士からSNSでメッセージが来て、お会いしてグリ下支援の活動内容を聞きました。
グリ下の現状を詳しく聞くと世間で騒がれてるドラックや売春してる不良少年のたまり場というイメージと違い、本当に心が苦しくなって辛い子供達が居場所を求めて集まってる事を聞きぜひBONDで支援したいとなって仲間に加わってもらいました。
タムケン先生は弁護士として成功してかなりの収入がありいい暮らしをしていましたが、グリ下の子供達と出会ってから業務を他の弁護士に任せて全国の居場所のない子供達に寄り添い収入のほとんどを活動につぎ込んでいました。
そんな熱い気持ちに引き込まれて、タムケン先生の活動を支援するようになり、グリ下でたむろしている女性をうちの店で働かせたり、寮に住ませたりもしました。
タムケン先生とグリ下の女性を寮に案内して鍵を渡した時に「もうこれで援助交際しなくてすむ」ってあどけない笑顔を見せてくれた事が忘れられません。
グリ下に集まる女性はけっこうな確率で生きる為に援助交際をしていて、少し道を踏み外してしまうと好きでもない人と体の関係を持たないと生きていけない、こんな世の中にしてしまった大人の責任を感じました。
翌年の正月に突然タムケン先生から電話があり、「今トー横で素晴らしい少年と出会ったので大阪に連れて行きます。少しの間だけ寮に住ませてあげて下さい」と言われました。
過去にグリ下の子を寮に入れてぐちゃぐちゃにされたこともあり、他のスタッフに迷惑がかかることも懸念して、正直あまり気が進まなかったけど、急遽大阪に戻り寮の鍵を渡しました。
それから毎日のようにトー横の少年から直接電話があり、会いたい会いたいと言われるので、寮のほうに尋ねるとタムケン先生は北海道に行ってしまい、僕たちはもう2日もご飯を食べてないと言われ当分の食費を渡しました。
その時は事情とかあまり聞いてなかったので何か利用されてる嫌な気分になりました。
それから3ヶ月後、グリ下に集まってる子供達を集めてカラオケ大会をすると言うイベントがあり、顔を出すとその時のトー横の少年がいてて会った瞬間にいきなりハグをされて「中村社長は命の恩人です」と涙を流しながら言われました。
びっくりして詳しく話を聞くと、大晦日の日その少年はトー横に自殺をしに行ったらしいです。
そこでタムケン先生と出会い話をしていく中で、どうせ死ぬんやったら一度大阪の街を見てから死のうと言われ、大阪に来たらしいです。
それからタムケン先生と一緒に過ごして、居場所のない子供を引き取り一緒に暮らしてる町田社長と言う人のもとで仕事をし、そこで元気を取り戻し自分の新しい夢を見つけ、立ち直ったとのことでした。
タムケン先生はいつもそういう話をちゃんと説明してくれないけど、常に居場所のない子供達を助ける為に全国を飛び回っていてこの人のされてる活動は本当にすごいことなんだと思いました。
ある時、うちの家でホームパーティーをした時、13人の人が座っていて、突然タムケン先生が「実は僕この3年間でこれだけの人を失ってるんです」と言いました。
詳しく聞くと、タムケン先生はグリ下の子に寄り添い、毎日のようにご飯行ったり、いろんなところに連れて行ったり、心を注いで時間と金だけではなく、心も注いで活動していて、その子供がある日突然自殺をしてしまうと言うのは、すごく精神的な負担があり、それでもとにかく救いたいと言う思いで活動をしていました。
普通のボランティア活動の場合は時間とお金を提供して感謝されたりある程度の見返りがあります。
タムケン先生の活動は時間とお金だけでなく、深く寄り添う事で心が辛くなることも多いし、グリ下に集う子供達でお金儲けをしようとする薬の売人や援助交際業者と戦うことのリスク、未成年者を連れ回す事で自分が犯罪者になるリスクを抱えていました。
ほんまにリスクしかなく見返りもなく普通の人には絶対出来ない活動を全力で取り組んでいました。
その活動の中でしゅん君という24才の若者をよく連れていて、しゅん君もかつてトー横でオーバードーズを繰り返し死にかけた経験があるけど、タムケン先生と出会ってからグリ下の子供達を救う方に回っていました。
タムケン先生と一緒に活動するようになってから2年目の夏にタムケン先生が突然連絡取れなくなりました。
色んな噂が立つ中、ある日タムケン先生が亡くなったという報告が入りました。
よく考えるとタムケン先生は居場所のない子供たちの為に必死に生きていて、辛さを共有してしまい焦ってた感じがあり行方不明になる直前のSNSも少し思い詰めた内容でした。
タムケン先生と出会った頃はBONDをやり続けていく中で信頼してた後輩達が次々と辞めていき、自分一人で集客から当日の準備や進行などやってて空回りしてて、もうこれやったら毎月ポケットマネーで30万寄付した方が楽やと思っていました。
そんな時にタムケン先生を和歌山のリゾートに招待して夜通し語り合った時に、全国にいる居場所のない子供達を地元の企業が寮と仕事を提供して一緒にワクワク出来る事探して立ち直る仕組みを作りたい!
という熱い気持ちを聞かせてもらいました。
確かにその通りで自分が寄付するだけでは自分が死んだら終わってしまう。
自分がいなくなっても全国にいるホームレスや自殺志願者、居場所のない子供達を地元の企業が集まって救う仕組みをつくる。
チャリティー交流会BONDを全国に広めていく。
その時にタムケン先生と一緒に夢を叶えようと約束しました。
そして和歌山でやってるレンタルコテージ事業が好調なので、今度計画してる会員制のコテージの話をしてそこが上手くいったら生駒山に会員制コテージ建てて、その横にホームレス、自殺志願者、グリ下の子供が立ち直れるみんなを避難させる居場所を作ろう!ってなりました。
それが自分の生涯の夢だったのでタムケン先生がいなくなった時は心にポッカリ穴が空きました。
それからしゅん君と話合い、しゅん君もタムケン先生への恩返しでタムケン先生の思いを引き継ぎたいという事で、新たにひとりぼっちにさせへんプロジェクトの理事長としてグリ下の子供達を救う活動を始めました。
それまでタムケン先生の後ろについてきてた大人しい若者という印象でしたが、タムケン先生がいなくなったあと本当にしっかりしてBONDの時もみんなの前でしっかり活動報告をし、行政のトップが集まるグリ下会議にも参加するようになりました。
経済的な面や人脈からタムケン先生のようにはいかないけど、とにかく出来る事をやり続けてタムケン先生の思いを閉ざさないようにと活動し続けて今は10名の夜回りチームも出来てグリ下に集まる子供達にお菓子配ったりご飯に連れていき色んな相談に乗ったりしています。
さらに悪い事は続くもので、今年になってタムケン先生と一緒に活動していた町田社長もガンで亡くなりました。
町田社長は自身がガンのステージ4という辛い状況にもかかわらず、グリ下の子供を引き取り一緒に寝たり親の愛情を知らない子供達に愛情を注いでいました。
ちょうど訃報の連絡があった日にしゅん君と打ち合わせの電話をする予定があり、「町田社長残念やったな」と話したらしゅん君はまだ聞いてなかったみたいで「えっ?どういう事ですか?町田社長どうしたんですか?」取り乱した感じになってしまい状況を説明しました。
しゅん君にとっても親代わりのような存在だったので泣き崩れてしまいました。
無理もないと思い落ち着くのを待ってるとしゅん君の方から「5分だけ泣かしてください」と言ってきたので「いやいっぱい泣いていいねんで、泣くのも大切な供養やねんから」と言いました。
そしたらしゅん君は「いや僕はグリ下の子達を守らなきゃいけないので5分で気持ち切り替えます」と言ってきて思わずもらい泣きしてしまいました。
タムケン先生の死、町田社長の死を乗り越えて、しゅん君はグリ下の子供を守るという使命を持つ事でどんどん成長していると思います。
まだ24才で本来なら自分の事で精一杯の若者が人生をかけてグリ下の子供たちを救うために頑張っています。
しゅん君はタムケン先生に助けてもらった恩を返すためにグリ下の子供達を救う為だけに生きているような気がします。
電話を切る時に最後に「これで中村社長いなくなったら僕ほんとにひとりぼっちになるので中村社長だけは絶対死なないでくださいね」とお願いされました。
その時にひとりぼっちにさせへんプロジェクトとしゅん君の事はずっと守り続けようと心に決めました。
グリ下の夜回りに行くと子供達が不安で苦しんでるすぐ横で大人たちが毎晩お酒を飲み、おいしいものを食べ凄く楽しそうな笑顔で歩いています。
もちろんこの不景気の中みんな一生懸命仕事してそのお金で遊ぶのは決して悪いことではないです。
難波駅の1日乗降数は60万人、歩きや自転車や車で来る人もいるので1日に100万人はミナミに集まります。
みんなが1日1円を寄付したら毎日100万円集まりグリ下、ホームレス、自殺志願者多くの人が救われます。
だから無理ない範囲でいいので、大人達にグリ下の子供達の現状やしゅん君の思いに少しだけ心を傾けて、みんなで支援してほしい、そんな仕組みを作りたいと思っています。
タムケン先生の思いを実現する為
しゅん君を守るため
居場所のない子供達が安心して過ごせる居場所を作る事
それがBONDを続ける4つ目の理由です。
自分自身もBONDを始めてから時間やお金や人脈をたくさん失いました。
BONDに参加してくれて共感してくれた人は後日お会いして1時間くらい自分の思いを伝えて運営に入ってもらってます。
過去に鬱病になった人、身内を自死で亡くした人とか、自分の思いを涙流しながら語ってくれる人もいます。
そんな人達が3ヶ月に1回の交流会は絶対に参加するという約束して運営入ったのに2.3回来ると、仕事入ったとか言い出して来なくなり、そのうち連絡もなくなります。
そういうのがこの4年間ずっと続いていて裏切られた気持ちになりますが、そんな時にいつもタムケン先生の顔を思い浮かべます。
タムケン先生は何があろうと誰になんと言われようといつも自分の信じた道を進むためにずっと前を向いていました。
だから自分もこの先何があろうと自分を信じて前だけを向いてやり続けたいと思ってます。
タムケン先生はまだ自分の中で生きていて、忘れがたみのしゅん君と3人で一緒に夢を実現したいと思っています。
ひとりぼっちにさせへんプロジェクトは一緒に活動してくれる夜回りチームも募集しています。
過去に数名BONDからグリ下の夜回り来ていただきましたが、冷やかしみたいな感じでグリ下の子供達からクレームがありました。
心から居場所ない子供達のために寄り添う活動をしたいと思われる方、ぜひ一度BONDでしゅん君と話してみてください。


